なにかの知識

なにかの知識

5分で学べる無駄知識

0系新幹線とは?わかりやすく5分で解説

0系新幹線とは、日本の国鉄が開発した世界初の高速鉄道の初代車両のこと高速鉄道とは、200km/h以上で走行できる鉄道を指す。

f:id:gmaj7dmaj7gmaj7dmaj7:20190113160319j:plain

背景 

1937年、日中戦争の勃発により日本から大陸への輸送需要が増加したことで、東海道本線山陽本線の輸送力が限界に近づいた。そこで1939年、輸送力拡大のために弾丸列車計画が始まった。

これは当時東京-大阪間が列車で8時間かかっていたものを、200km/hの列車で4時間30分で結ぶ計画だった。1940年、用地買収とトンネル工事が開始されたが、1943年太平洋戦争の戦況悪化のため計画は中断された。

戦後の動き

戦後日本では航空機産業が禁止され、多くの優秀な技術者が自動車産業や鉄道産業に流入した。このことで、航空機の軽くて強い機体構造(モノコック構造)の設計技術や、振動に関する理論が鉄道業界にもたらされた。

しかし当時は将来的に自動車と航空機の時代となり、鉄道が縮小する考え(鉄道斜陽論)が国鉄内部にもあった。また国鉄の予算は毎年国会で決めるため、弾丸列車計画のように突然中止されるリスクがあった。そのため国鉄は長期的な計画に消極的だった

鉄道技術研究所の講演会

1957年、国鉄の研究機関の鉄道技術研究所が、創立50周年の記念講演会を東京-大阪間3時間への可能性というテーマで開催した。当日会場は満員の大盛況で、メディアも好意的に報道した。講演会の題目と主な内容を以下に示す。

所長挨拶

鉄道技術研究所所長の篠原武司が、高速安定性確保と距離短縮のため標準軌による新線を建設すれば、技術的には東京-大阪間3時間は可能と述べた。標準軌とは、レールの幅間隔(ゲージ)が1,435mmの線路のこと。日本では1,067mmの狭軌が主流となっている。

車両について

海軍出身の三木忠直が、空気抵抗の少ない流線型かつ低重心で軽量な車体加減速の効率が高く線路への負担も少ない各車両が動力を持つ方式(動力分散方式)を提案した。動力分散方式の反対が、動力車が客車をけん引・推進する動力集中方式となる。

線路について

生え抜きの鉄道技術者の星野陽一が、線路の防振対策としてコンクリート製の軌道(スラブ軌道)を提案した。軌道とはレールや土台(道床)等のこと。軌道の振動はレールの支えにクッション性を持たせ、道床をコンクリート製で重くすることで改善されるとした。

乗り心地と安全について

海軍出身の松平精が、車体の振動を抑えるための継ぎ目のない長尺レールと、空気ばねを使用した台車を提案した。彼は乗り心地の悪化や脱線につながる、高速走行時に車両が左右にうねる現象(蛇行動)の原因を、レール由来でなく台車由来と突き止めた。

信号保安について

陸軍出身の河邊一が、車内に設けた進路の制限速度を示す信号機に従い、自動で制限速度以下に減速する自動列車制御装置(ATC)を提案した。ATCは、高速化により視認が困難になる地上信号機の代わりとなる。

新幹線計画の開始

標準軌新線に意欲的だった国鉄総裁十河信二は、計画実現のため政治家に働きかけた。1958年、運輸省が設置した日本国有鉄道幹線調査会が標準軌新線建設の答申を出し、新幹線建設計画が開始した。しかし、国会の承認を得やすいよう予算は低く設定された。

1959年、十河は大蔵大臣の佐藤栄作から世界銀行借款のアイデアを得た。これは、世界銀行を巻き込むことにより政府に事業完成の義務を生じさせ、追加予算を承認させる目的だった。1961年、世界銀行から8000万ドルの融資を受けた。

また建設については、弾丸列車計画時に取得した土地やトンネルを活用した。

新幹線の開発

新幹線の主な開発は、ほぼ講演会の提案のとおりに進められた。その他、運行システムに列車集中制御装置(CTC)が取りいれられた。CTCとはスムーズな運行と人件費削減を図るため、列車の運行情報を総合指令室で管理し運転手に指示を行うシステムのこと

また当時日本の鉄道は、非常ブレーキをかけてから600m以内に停止しなければならない規則があった(600m条項)。そのためブレーキには、抵抗板の展開・パラシュートを用いた空力ブレーキや、水を流した線路に抵抗板を入れる水圧ブレーキ等が検討された。

しかしどれもうまくいかなかった。そのため立体交差により全ての踏切をなくし、線路脇に侵入防止の防護柵を設けることで、特例で600m条項の例外とした。さらに先頭車両の床下には、線路上の障害物をはじくための排障器(スカート)が設けられた。

新幹線開業と世界の反応

1963年、試験車両が当時の世界記録256km/hを記録し、翌1964年に東海道新幹線が開業した。1965年、東京-大阪間が目標の3時間10分で結ばれた。新幹線の成功は高速鉄道の可能性を示し、その後フランスのTGVやドイツのICE等、世界で高速鉄道が誕生した。